昭和46年3月10日 月次祭
人間誰しもが、え~、より良い生き方はないものか、より助かる方法はないものかと、お~、思わない者はないだろうと思います、これは私もやはりそれで始まり、ね、せっかく人間と生まれて、え~、きて、え~、何のかなさねければならんし、同時に幸福にならなければならない、ためには、もちっとましな生き方がありはしないかと、もちっと本当に、い、助かる生き方がありはしないかと、それを求め続けて、う~ん、言わば今日私はここにおかげを頂いて、そしてここにこういう生き方がある、ここにこういう助かり方がある、とこれはまあ、あぁいや、確信を持って、え~、皆さんにお話出けれるところまでおかげを頂いてきた、もう一生この生き方、この助かり方は、いよいよこのたっ、この生き方がね、もっと専念され、もっと深められて、広められて行くだけであって、え~、ここから動くことはあるまいと、こう思います、ね、で皆さんもやはりですね、えぇ、そこのところを本気で一つ追求なさらなければいけないと思う、ただ行き当たりばったりにです、困った事がありゃ神様、ね、えぇまあ、あぁなんどうやらこうやら行っておる時には、まあ自分で我情我欲をいっぱりはりながら、生きて、困れば神様というような、あ~生き方、そういう言わば信心ではです、ね、到底、え~それこそ確信に満ちた喜びを、を~持って、ね、確信のある生活は出けないと思うのです、ね。
そこでです、ね、こういう生き方が、ね、こういう生き方があるんだと、生きっ、生き方と言うのはやり方じゃないですよ、生きて行く生き方ですよ、ね、だからこういう場合に、例えば皆さんが難儀に直面する、助からなければならない、その助かりにはより良い助かり方はありはしないか、ただその場限りの助けてもらうというだけではなくて、もっともっとより深い、ね、助かり方はないものかと、と、私は事々にね、そういう場にのぞんだ時直面した時に、そういう、う~、助かり方を求めまたは生き方を、をぉ体得させて頂いて行く生活が私は信心生活と思う、ね、だから信心とは、ただ人間は困った時に、人間で分からない時に、どうぞ分からない時に神様にお伺いをしたりお願いをしたり、ね、することが信心だというように思う、いや思うてはいないけれども結局は、そういう程度にしか止まっていないという人がやはりほとんどではないだろうかとこう思うです、ね、お互いが本気での追求の、お~言わば、あぁ、本気で助かりたいと願っていないわけです、本気でもっとましな生き方はないものかと思うていないのです、っぱり本当にそれを思わなければいけない。(お茶を飲まれる)
今月の、信心の焦点が、「目に見えぬおかげを大切にしよう」という、ね、「信心しておれば目に見えるおかげより目に見えぬおかげの方が多い」とこう、「知ったおかげより知らぬおかげが多い」とおっしゃる、ね、信心させて頂いてもそうなんです、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多いのだ、知ったおかげより知らぬおかげの方が多いのである、そこで目に見えぬおかげが段々分かってくる、今までに見えなかった、おかげの世界が見えてくる、ね、知らなかったおかげが、おかげと分かってくる、ね、そこに私はいよいよ深い信心の喜びを頂かせて頂きながら、その有り難い道を、ひた進めに進めさして頂き、一生涯ここのところに焦点を置く以外にはないんだと、いうような確信に満ちた、喜びに満ちた生活が出来るようになる、そういう生活を願う、また神様の願いもそれなんだ、ね、ただ困ったという時だけ頼みげに来るという、う~う~氏子であっては、神様をいつまでも寂しい思い、またはあぁ悲しい思いを神様にさせなければならん、神様に喜んで頂く信心とはそういうところに開眼する、ね、そういうところに目を開かして頂く信心だと思うのです。
どうでしょうか今月は、え~知ったおかげよりも知らぬ、う~おかげが多いという、知らぬおかげに少しは気が付いて行きよるでしょうか、ね、今までは見えてなかったけれども、それがはっきりおかげであると見えてきたというように、そこんところに少し焦点が置かれて行きよるでしょうか、置かれていかなければね、そのせっかく信心の、おぉ~、信心を進めていく、焦点を頂いても、何もなりません、ね。
今日、をぉ、丁度四時の御祈念に、いぃかかろうとしております時に、久留米の佐田さんと、それから、あ~ん~(お茶を飲まれる)、誰じゃったね、ああ、誰じゃったね、ん、あぁ滝本さん、滝本さんと(おわかりで?)、あちらの御主人とお参りして、だいたい利益屋さんですから、今頃昼の日中に参ってこれるはずはないのですから、ああ何かあったかなぁと思うた、ところが、あぁ案の定、「実は今日は店を閉めてお参りをしてきました」と、それも一人ではあぁなんだから佐田さんに、まあお願いして、まあお参りをしてきたわけなんです、と言うのは、あぁまあ皆さんもご承知でしょうがあの、息子さんの病気ですね、が大変おかげ頂いていきよります、この頃はとても、お~静かに落ち着いて、新聞を読んだり本を読んだりしておる時にはもうほとんどおかげを頂いてしもうておるのかと思われるくらいに、平常にお話が出来よった、して時々つくねんとしたり、時々その、お~お町に、ぽっとここ二・三日外へ出て、隣近所へ( ? )なっちまったので、どこんでん入って行くっち、訳なんです、それでその近所から苦情が出てきたんですね、そりゃなるほど言うなら見えたっちやぁただ、あの、おばしゃん程度にせんのっち言うちから行きなさってから見てきなるけん、おぉ何でもない、あの、いいえ迷惑の事は一つもありませんという家もありゃぁです、女子供ばかりしかおいとらんから、あぁあげなことであったら困るからどうかしてくれと言うて、そのねじ込んでくるという家もある、そこでその、それでとうとう、おぉ防犯がかりのところの家にまで行って、え~どうかせにゃいかんさせにゃいかんというので話がある、今日もこれから帰らせて頂いたら、そのいうならばあ~談合があります、その掛け合いが、あぁありますから、まあ言うならば、どうさせ頂いたのかこういう病人を放っておいてから、野ばさっ、野放しにして、もしもの万一の事があったらどうするかという風に言われる、ね、そこでまあ神様にお願いでもしよう、御神意でも頂いて、え~なんなら病院にでも入れようかというような、まあ御神意を頂いて、そう決めようというのでまあお伺いにみえたわけなんでだ、(お茶を飲まれる)、丁度四時の御祈念を仕えさして頂こうと思う時間でしたから、「なら一緒に四時の御祈念を頂きましょう」と言うて、四時の御祈念をさして頂いた、そしてそのことを神様にお願いをし、おぉ、お願いをさして頂いてね、お伺いをさして頂いたら、次々ともう本当に事こまらかにお知らせを頂いた、あぁ本当におかげを頂くなと思うた、やはりなるほどわざわざ店を閉めてからでも、お参りしてこなければいけなかったんだなと思うた、「滝本さん、ね色々な事があろうけれどもね、」まず第一に私はこう申しました、「それは、あ~隣近所から色んな事を言われもしも、おぉしようけれども、ね、まあ一つそれはね柳に風で受けて行きなさい」と私が申した、「あぁすいませんすいませんで滝本さん行きなさい」と、「そうしてね、例えて言うと今はあなたの滝本の家はどういうとこを通っておるかと言うと、雨風のしかも夜中に、ね、言わばここからそこまでというその、言うならば、あぁ、旅をしておるようなものだ」と、旅と言うかどっからどこまで行っておるようなものなんだ、しかもど~うでも行かなければならないところに行っておるようなものだ、今雨なんだ、風なんだ、しかもその真夜中なんだ、それで身の傘をつけて、提灯も持たなければならないのだ、ね、その提灯もこんなしてった雨風でもういっぺんに吹き消してしまうもう道はもう分からんごとなってしまうという状態なのだ、そこで雨具を着ておるその身の傘の下に提灯をこう入れて、ね、この提灯が吹き消えないように、風で消えないように、やはり自分の足元だけがぼんやり明るくしとればそれで良いのだと、ただ足元を一生懸命見つめて歩いたら、だから周囲からは、明かりを点けてござるやらどうやら分からんような状態なのだと、信心さして頂きござるがなるほどあちらはおかげを受けらっしゃったなぁ受けござるなぁという時には、もうすでに雨も止んだ風も止んで、言わば、ちょ、(?)とこば提灯で平気で歩いて行っておるという時ならば、誰でもすぐ分かる、ね、あの真っ暗の中をあの提灯のおかげでよ~うあそこは、ああいう通りにくいとこを通りござると人にも分かる時なのだけれども、今は雨風その上に身の傘をつけておるから身の傘の下に提灯は入れておかなければ、火が消えるというような状態なのだ、だから自分の心の中にあなたと奥さんがです、本当にこういう難儀な中に、ね、この子供のために信心がさしてもらえれる、うぅその難儀を見れば見るにつけてです、一心の真をささげて神様にお縋りをしておるということは有り難いことじゃないかと、何年間病院に入れておったけれどもはかばかしゅういかんどころか、実際に肉親の者が行ってみて、ああいう病院の状態というものは肉親の者が行って見られる所ではないっちね、あの病気を入れてある所は、ね、そういう例えばあぁその、お~人情で言うても、もうそれが忍びない、そこに佐田さんのお導きを頂いて信心したつでおかげを頂いたらどうかと言うので、連れて帰ってきて今日にいたっているんだと、ね、おかげを頂いて段々このようなおかげを受けておるから、有り難いことだと、と二人の者がその難儀の中にも有り難いものだということが分かって行きよれさえ良いのだと、足元がぼんやり明るく、ね、身の傘つけておるって身の傘の下に提灯は入れて歩いて行っておるようなものなんだ、滝本さんそういう状態の時ですよ今は、ね。
人からどんなに言われるか分からん、近所からどういう風に悪く言われるかもしれんけれども、「もうすいませんすいません」と、ね、また、「ご迷惑どんかけ、私、あの、それこそ、まああ~、責任は持ちますから」と、またお話の、ね、自分の話でも良く聞いて下さる近所の方があるならば、「実は病院に入れておったけれども、こうであったけれども、只今合楽の金光様にお参りをして、こう今おかげを頂いておる一つの過程なのだ、道すがらなのだ、だから病院に入れておるよりも、このままの方が実はおかげを頂いておるのですから」と、それの、あんたの話が分かる人には話なさい、もう頭からその神様なんて言うて、のってから言う人には言うてもしかたがないことだから、「すいませんすいません」で誰でん彼でん受けて行きなさいと、と同時にね、「滝本さんこういう神様の御神意もあることですよ」と言うて話した、★御心眼にね、天ぷらの、天ぷらですね、え~あの、なんち、海老のフライを頂く、海老の天ぷらですね、だから海老ということは修行のことです、海老のお知らせん時には、もう一生懸命修行しよと、もう窮屈な苦しい修行をしておる時に海老のお知らせを頂きます、その海老が言わばフライになっておる、ということはどういうことかと言うとね、ならあなた方二人、夫婦の者がです、なるほど一心の真を捧げてです、ね、神様にお縋りもする、修行もさして頂く、ね、そして自分にかのうておる御用で出来ることならばと言うて、例えば御主人の方は、あ~、月曜日と、がお休みですから、月曜日が朝からみえて私の散髪の御用をさしてもらう、その中に一週間に2回、一回はひげだけをあたりに来て下さる、というようなまあ自分で出ける御用ならと言うて、そういう御用までもさして頂いておる、言うなら一心の真を捧げて、神様に一心にお縋りをしておる時なんだ、海老のような修行をしておる時なのだ、もう一心と迷いませんと神様に、言わばお縋りしておる時なのだ、ね、だから神様がです、そういう一心を持ってお捧げっ、捧げて願っておりますという、信心をしておる時ですから、神様がそれをね、本当か本当でないかを試さらなければならない、立場に神様の方が立ちなさるのだと、もう私は(?)に一生懸命でございますと言うたらです、本当に一生懸命かどうかを神様がお試しになる、それを信心の、に、少し身が入ってくると、お試しがありますぞとおっしゃるのはそういうことなんだ、有り難い有り難い、有り難いなぁと言いよるけん、ほんなこてどのくらい有り難いじゃろうかと思うて、神様が突付いてみなさるのだ、それでもなおも有り難いなら、本当なものである、有り難い有り難いっち言いよったら、言わば痛い事が起こって嫌な事が起こったら、もうそれで神様も神様といったような風な態度をとるようなことでは神様が本当のおかげを下さるはずがないじゃないかということ、教祖様もね、このことはもう、信心に少し、御晩年の頃はこのことを、参ってくる信者にお話になったということです、「用心しなさいよ」と、「信心に身が入ってくると、ね、必ず神様のお試しがありますぞ」ということであった、ね。
今日私が頂くのもそれ、海老の天ぷらである、一生懸命の修行はしよるばってん、本当は修行じゃろうか、一心の真を捧げて本当に願っておるのであろうか、と言わば滝本さん今試されとるところだから、ここを一つ本気で大事にさせて頂いて、おかげ頂かなにゃと、私も安心、とその喜びと確信を持ってお取次ぎさして頂いた、滝本さんもそれでまた腹が決まったように今日は喜んで帰られた、ね、これはね滝本さんだけじゃない、お互いの信心過程の上においても同じことがあるんですよ、ね。
それこそ、今こそ、只今修行中でございますと看板上げとるほどしに、様々な修行から修行に、続けておられる方があります、ね、それは丁度雨が、中に、風の中にです、しかも夜夜中に、道をあそこまではどうでも、明日の日までには行かなきゃならんというところに、行っておるようなもんだ、信心しよってどうしてあげんじゃろうかと言うごとある状態ばっかリ見たら、けれども自分の身の傘の下にはです、提灯の明かりで足元だけが明るい自分の心は有り難いというとうなです、ところを通らせて頂いておる、辿らして頂いておるというようなことがお互いの信心の上にもそれがいっ、置き換えて考えられることであります、ね、だからそういうところにをですね、体得出来るということ、そういうところを通らして頂いて、なるほど信心の道というのはこういうものだ、そして受けて行くのは、なるほど神様任せになっておけばどのようなことでもびくともすることはいらんなという力、力強い生活がその向こうに出来れるのだ、ね、そういうところを繰り返し繰り返し通らせて頂いて、神様の間違いなさ、いや親先生任せになってさえおればという、言わば安心の生活が出来るのだ、ですからね、いかに生きるかと、より良い助かり方というものがです、私共が求めておかないと、そういう信心の道さわらにおいてです、腹がたった、寂しい、悲しい、信心しよるけどどうしてということになるのです、そこを通り抜けさして頂くその向こうにです、ね、力の受けられる、言わば喜びの世界があるということ、これから先どのような事が起こってもこの事だけを体得させてさえ頂いておけばです、安心だというそうした安心の生き方があるわけなんです、そういう生き方をね、お互い、稽古するのである、そういう生き方を身に付けて行くのである、生き方というのは、歩いていう行き、じゃない、生きるということですよ、そういう生きていく生き方なんです、ね、滝本さんに私は申しました、「こういう時にこそです、本気で神様に改まって、言わば、自分の信心の心証と申しますかね、心の証を立てて行かなければならない時である」と、ね、普通ではとても改まれないことをです、ね、改まらして頂いて、おかげを頂いて行かなければならない。
ね、私共がね、例えば、今滝本さんに申しましたことを、これを自分のこととして一遍考えてみて下さい、でそういう生き方をです、私共が様々の場合に思うてみて下さい、ね、そしてそこからの、いわゆる生き方。
昨日の御祈念の後に、日田の、え~麻生さんがお参りになっておられた、この頃、(?)酒屋さんと二人で毎朝参ってみえます、そしたら、あぁもう御理解終わってからですから、そこで御理解を頂いて帰られます、その足で綾部さんの所に向かい発った、昨日からちょっと体を悪くして休んでおられるということを聞かれたもんですから、その、(?)の事もお願いをなさった、お願いをしてから帰られた、帰られて、今日の御理解を麻生さんに、が、綾部さんに枕元でなさる、もう今日の御理解ばっかりはもう私一人のために、親先生は私の心を見抜いてお話して下さっておったように思うたと、迷いのままでああいう意味の御理解を頂いた、ね、天地日月の心になること肝要ということの、おぉ御理解を頂いたら、今日の御理解こそはもう私のことであったと、私はおかげを頂いて、ね、天地の心はまあまあ私は自分で受けておるように思うけれど、日月の心に欠けておるにも改めて、それこそ脇の下から汗の出る思いで今日の御理解を頂いた、今日はもう一遍あの御理解を頂きたい、に、に行きたいけれども、今日はこういう模様子で行けんけれども、本当言うたらもう一遍頂きに行きたいと言うて、その麻生さんが言われたということを、夕方高柴さんと綾部さんが参ってみえてからそれを話しておられます、ね、知らなかった知らなかった知らない、こととは言いながら、どうしてこういうお粗末御無礼な生き方をしたことであろうかと、いうことが分ってきたわけなんだ、ね、いわゆる日月の心というのは、ね、いわゆる実意丁寧神信心、いわゆる実意丁寧な生き方、横着でない生き方、わがままでない生き方、そういう生き方が自分の生活に欠けておったことに驚くばかりに気がついた、それは自分の心を抉られるようにも思うた、もし、親先生の前であの話を聞きよるなら、私を当て付けござるという、思われるほどしに頂いた、ね、出来れば十里の道を思うともしない、もう一遍あのお話を頂きたいと思うた、今まで知らなかったことが分ってきた、ね。
目に見えるおかげより目に見えぬおかげを大事にせよ、という腹が出けてきたわけなのです、先ほどから滝本さんにお話をいたしましたように、お互いが様々なところを通らして頂いておるが、それには私共人間凡夫で分らない事柄がある、けれどもひっくるめて言うと、それは全部神様の願いであり、神の愛の表れである、より良いおかげを頂かして下さろうとする、より良い有り難い生き方を身に付けさせようとして下さる生き方以外にはないのだということが分かる、ね、そして段々皆さん、これは滝本さんだけじゃない、皆さんもねこの話を聞いて下さって分って頂かなきゃいけんのですよ、ね、今月の焦点はそこなのですから、目に見えるおかげより目に見えぬおかげを大事にして行こうという、大事にして行こうと言うのは目に見えぬそれを今までそれが見えてきた、だからその事を大事にする、その事を本気で自分の行の上に現わして行こうというのです。
ね、御祈念終わってからそこへ座らして頂い、(お茶を飲まれる)、(?)、綾部さんと、高橋さんと、えぇあぁ高芝さんと、ん西岡さんと3人でお茶を頂きながら色々話さして頂いた、そしたら西岡さんがこういうことを言われる、ね、毎日毎日今、え~、もうとにかく何か、あのテープを一貫持って来てありますもん、「綾部さんこれはもう何年前の御理解でございます、これが収録してなかった、あの記録に残してなかった、今日これを聞かせて頂いてこれを収録さして頂い、ましたが、ね、これを一遍聞いてごらんなさい、それは今日の御理解を、の、また同じような意味ですけれども、それはもう本当に有り難い御理解がこの中にありますから、これを聞いて下さい」と言うてその持って来てまいりました、ね、ね、そうしてです、その御理解の中にあるお話をね、なされながら、ね、感激しておられます、親先生が福岡にまだ商売をなさっておられる時に、春義の教会に、お話に行っておられる時に、荒ただしくお届けに来た婦人があった、あちらは小さい御広前、このくらい(?)かの御広前ですから、お話をしよるところ、ここでお取り次ぎされるのが分かるんです、それこそ涙ながらにお話をしておられるのがです、ね、今日、今日から私共親子六人の者がね、住まう家がなくなりましたと、今までの家がもうこうして全部人に取り上げられてしもうて、言わば路頭に迷うておるというお届けであった、それを私はそっから聞きよった、はぁら困ったなち言うて先生も、そのまあ(「?」)と言うて、お話がありよった、それからその方がそちらへみえたからです、なおまた詳しく聞かせて頂いた、そしたら、まあ(?)に商売をしたことが失敗の元でとうとう、今日はもうどこに、親子六人の者が子供四人も抱えて出ていかなきゃならん、それがどこんとて行く所かないと言うて、言わばもうそれこそかけ込みでお願いにきておられるのであった、そこで私はその方に申しました、「そんならしばらく私の方に引越しせらっしぇん」ち私は申しました、私共は八畳の部屋と、四畳半の物置があった、だから私達が親子四人じゃから、物置の方へ入りゃよかろう、あなた方がその八畳の方の部屋に入られたらええから、もう今晩おられる所がないと言われるのなら、今晩いらし、もうばっ、その内にもう布団(?)家財道具を持ってみえて、その晩その所に、おみえられた、私の方へみえられた、長浜町の方へ、ね、私共は(?)それからその物置にした所を綺麗にして、そこには畳もない、ね、雨が降れば親子四人がこちらへ固まって寝らねばならないような、言うなら家とは屋ばかりの家である、秋永先生が一番ご承知の、あの当時みえとったですからね、その時分のことである、ね、その事のお話をね、いわゆる昔のテープを聞かせて頂いておりましたらです、親先生がそういう風にその方に、石橋さんって言う方、石橋さんという方に私の方へいらっしゃいと、親子六人の者が、あ~私の方にみえた時のことをです、聞かせて頂いて、そん時にね、奥様がどういう態度をとられたであろうかということを思うたとこう言われるのです、私はね、もうそれこそ弾かれるようにね、その話を聞いて「はぁ西岡さん今あなたのその話を聞いて、改めてね、私はおかげを受けたおったことが分った」と、と言うて。改めて家内に感謝する心が起こってきた、あの時にどうでしょうか、家内がですね、「そういう大変なことをあなた、私共親子四人はどうしますか」と、「畳のひいてない所に雨が降れば漏れるごたっ所に、せめて私になっ、一つ、一遍ぐらい相談してもろうたって良かったでしょうもん」と言うところであろうけれども、あん、なぁ~んも抵抗もなしに、それこそ、私の言わば本当の(?)のような者に、なぁ~んもなしに、その時もこっち、あの、(?)を忘れるぐらいにですね、家内がそれに対して何とも言わなかったことなんです、はぁもう本当にもう合楽という、合楽の信心の道が開けると言うなら、これはとても私の信心だけじゃない、影で黙って付いて来てくれた家内がおったから、開けたんだと、私その話を聞きながらね、西岡さんが聞かれてから、ね、そりゃせっ、親先生はそれ、そこで六人の者助けるたいの一念で、私の家にいらっしゃいと言うて、畳のしいてある、言わば、良いお座敷の方を、その方達に、親子六人に提供された、そして自分達は、こちらの納戸の方に、いわゆる使っておった、ものっ、物置のようにして使っておった所に、引越された、その時に親奥様はなぁ~んともおっしゃらなかっただろうかと、いやおっしゃらなかったからこそ、石橋さんにそこにおってもらうことが出来れたのであろうが、こりゃぁとても親先生だけが偉いんじゃなかった、奥様がお偉かったという話を、私も本当にそうだと思うた今日は、それをですね、言うならば二十年間私は知らなかった、気も付いてなかった、はぁ私は神心が強いから、そういうことが出けたんだとばっかり思うておった、いかに私が神心が強いとそうしてもです、「あなたばかり私に一言も相談もせずに、そういうことは出けませんよ」と言うておったら、それはどういうことになっておったか、これはもうその時分のことを思うとです、そういうことばっかりあったということです、一事が万事に、ね、言わば二十年間も信心しておかげを頂いて、そういうおかげを頂いておったればこそ今日があるというような大変なことを、私は知らなかった、言わば気が付いてなかった、今日西岡さんがその御理解を収録されながら、そこんところを聞いてです、はぁ親先生のおかげばいということよりも、奥様がそれを黙って受けられたということはなんと素晴らしいことであろうかと気が付いたと言うて、お話になるのを聞かせてもろうて、私は改めて二十年間も迂闊にしておった神様へのお礼、家内の対するところのお礼喜びというものを忘却しておったということを気が付いた、これはまちっと家内ば本気で拝まにゃいけんなと私は思うた、家内がおったからこそ、か、うち、にゃ、この家内、この家内、あの家内とこの家内といくつもおらじゃったばってんかね、(笑)いやもう正真正銘のあの、あの人ですからどうぞ、(笑)、ね、本当にあの人がおりなさったおかげでです、今日の合楽の地は開けておるってす、(笑)、ね、そういう例えばです、素晴らしい家内がです、例えばなら、どうして一言も言わなかっただろうかということをもう一遍思うてみなきゃいけませんよ、ね、なるほどそういう(?)した状態ではあってもです、この人に付いてさえ行きゃ間違いがないという私は信じられるものが、私にもやっぱあったからだとも思うです、ね、家の人がいなさら、(?)おかげを頂けることが、もう、もう繰り返し繰り返しの中にやはりそれが出けておったということも私また有り難いと思うです、私は改めてあの時分の自分の信心を思うたり、家内の信心を思うてみて、改めてお礼を申し上げた。
今日丁度朝の御祈念の後に、岡田さんが参ってみえた、「先生あの、この頃(?)になってから、家内がまぁた「合楽に参りなさい合楽に参りなさい」っち言うちからいう、もうとてもやかましゅ言うそうですもん、それから、だいたい家内は参ってこんとです、「そのどうしてその家内がその~、あんたに参れ参れっち言うじゃろか」っち言うちから、ね、それが私がお参りしとる時だけは、家内が言うとに、コロォッと違う、奥さんが大事にするわけでしょうねやっぱお参りした時だけは、それで奥様が、もうとにかく一遍御無礼するとですね、「あなた参りなさい参りなさいよ」っち言うちからやかましゅう言われる、そげなわけで今日は参ってきたっちいうわけなんです、ね、お参りさせて頂いたらです、家内から見られてもコロッと違うくらいな、おかげは頂かなければダメです、いくら参ったっちゃ拝んだっちゃ、ね、私はそのことをです、例えば家内と私のその二十年前の話をです、ね、家内も偉かった、本当にあれ黙って付いて来ておった、それこそ石の、あの六地蔵さんじゃないけれども、ね、それこそついた餅より心もちとして、有り難いおかげを夫婦で頂いておったということ、ね、またこの人ならば、どんな場合でもそれこそ火の中にでも水の中にでも付いて行こうというものが、そういうものが私の内容にもあっただろうとこういうこと、ね、そういうようなものを今日は、あ~分らして頂いた、二十年振りに分らして頂いた、しかもそういう大変なことを分からして頂いた、ね。
私共は今月という今月はね、目に見えるおかげより目に見えぬおかげ、知ったおかげより知らぬおかげを知らして頂き、分らなかった頃のおかげを分らしてもらい、そこに信心の世界が段々広がって行くという楽しみ、そういう生き方、そういう言わば助かり方をです、いよいよ身に付けて行かなければならんと思うのでございます。
どうぞ。
入力者:誠輝